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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)163号 判決

上告人 増田三郎(仮名)

右訴訟代理人弁護士 松宮末男(仮名)

被上告人 増田ゆき(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松宮末男の上告理由第一、二点について。

相続財産の共有(民法八九八条、旧法一〇〇二条)は、民法改正の前後を通じ、民法二四九条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものではないと解すべきである。相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するとした新法についての当裁判所の判例(昭和二七年(オ)一一一九号同二九年四月八日第一小法廷判決、集八巻八一九頁)及び旧法についての大審院の同趣旨の判例(大正九年一二月二二日判決、録二六輯二〇六二頁)は、いずれもこの解釈を前提とするものというべきである。それ故に、遺産の共有及び分割に関しては、共有に関する民法二五六条以下の規定が第一次的に適用せられ、遺産の分割は現物分割を原則とし、分割によつて著しくその価格を損する虞があるときは、その競売を命じて価格分割を行うことになるのであつて、民法九〇六条は、その場合にとるべき方針を明らかにしたものに外ならない。本件において、原審は、本件遺産は分割により著しく価格を損する虞があるとして一括競売を命じたのであるが、右判断は原判示理由によれば正当であるというべく、本件につき民法二五八条二項の適用はないとする所論は採用できない。そしてまた、原審は本件につき民法附則三二条、民法九〇六条を準用したことも原判文上明らかであるから、これを準用しない違法があると主張する所論も採用できない。

その他の論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない(論旨第三点の理由ないことも原判決の判示したとおりである)。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

○昭和二八年(オ)第一六三号

上告人 増田三郎

被上告人 増田ゆき

上告代理人松宮末男の上告理由

第一点

原判決は其の理由に於て

「よつて右共有物の分割方法について考えるに控訴人方が従来本件不動産を利用し農業を家業として来たもので控訴人は現在妻と十二人の子供と長男の婦との十四人の家族を擁し農業に従事していること、被控訴人は従来東京都に居住していてほとんど農業に従事したことのないことはいずれも当事者間に争がなく原審証人増田光房の証言及び前掲被控訴人本人の供述によれば被控訴人は昭和十九年中東京都より群馬県利根郡○○町に疎開し現在同町大字○○○番地所在のささやかな借家に二十三才と二十才の娘二人とともに居住する五十四才の未亡人であり無職、無資産でわずかに娘のミシン裁縫の内職等によつて生活している者であることが認められる」云々

「そして本件は民法応急措置法(昭和二十二年法律第七十四号)施行前に開始した相続財産の分割に関するものであるから民法附則第二十五条によつて旧民法を適用すべき場合であるが同附則第三十二条によつて民法第九百六条が準用せられるから同条の趣旨に則つて分割すべきものであることは勿論である、しかし同附則第三十二条によつて準用せられる民法の各条及び旧民法相続編には遺産分割の方法について何等規定するところがないから共同相続財産もまた共有財産に外ならないゆえ本件の場合においても一般共有財産の分割に関する民法第二百五十八条第二項の規定の適用あることは疑いない、しかも原審における鑑定人水木一郎、同斎田重正、同武田次郎の各鑑定の結果によれば本件不動産中(五)の居宅建物の価格とその他の宅地建物全部の価格の比は前者の方がはるかに大であることが認められるから本件不動産を現物をもつて分割しようとすればいきおい(五)の建物を分割しなければならないこととなり著しくその価格を損ずる結果を来たしまた成立に争のない乙第六号証(○○村長の証明書)記載の評価格によるとしても(五)の建物の価格とその他の宅地建物全部の価格の比は相匹敵することとなり一方に(五)の建物を付与すれば他方にはその建物敷地を含む全宅地と(五)の建物の附属建物全部を付与しなければならないこととなり前記鑑定の本件不動産の種類、性質、位置、利用方法並びに当事者双方の諸事情等に照してはなはだ不合理の結果を生ずるのみならず分割によつて著しくその価格を損する虞あるものというべきであるから現物分割に代る方法として本件不動産の一括競売を命じその売得金を控訴人及び被控訴人に半分取得せしめるのが相当であると解する。

控訴人は本件不動産を控訴人に付与しその鑑定価格の半額を被控訴人に提供する分割方法によるべきであつて民法第二百五十八条第二項の競売による分割をなすべきではない旨主張するけれども本件の遺産分割についても民法附則第三十二条によつて民法第九百七条の規定が準用せられるから新民法施行後においては遺産の分割は家庭裁判所にその請求をすることを要し家庭裁判所は家事審判法第九条第一項乙類第十号、家事審判規則第百九条等の規定によつて控訴人の主張するように共同相続人の一人に遺産を付与するとともに同人をして他の共同相続人に対し債務を負担させ現物をもつてする分割に代える旨の審判をすることも可能であるけれども本件のように新民法施行前にすでに遺産分割請求の訴訟が裁判所に係属した事件については家事審判法、家事審判規則等の適用のないことは勿論であるから結局前述のように民法第二百五十八条第二項の規定による外ないものというべきである、よつて右と異つた見解に立つ控訴人の主張はこれを採用することができない」と判示しているけれども原審は本件の分割についても民法附則第三十二条によつて民法第九百六条を準用すべきこと勿論と做し乍ら結局同条を準用しなかつた違法がある。

民法第九百六条は民法に於て被相続人一人に帰属していた財産が相続分に応じた諸子均分相続制となつた為め一般共有財産と異る特異性に鑑みて遺産分割の基準となるべき大方針を示した新設規定である。

旧民法に於ては遺産相続に於ける遺産分割についても民法第九百六条の如き規定なく、従つて一般共有財産の分割と同じく民法第二百五十八条による分割方法によつたものである。而して同条によれば現物分割を原則とし現物分割不能の場合及び現物分割による時は著しく価格を損ずる場合に限り競売を命ずることができるのであつて民法第九百六条が示した分割の基準を考慮することを要しないのである。

原審が前記の如く判示して一括競売を命じたのはその判示自体で明白なるが如く民法第二百五十八条第二項によつたもので毫も民法第九百六条の趣旨に則りたるものではない。尤も原判示によれば前摘記の如く「本件不動産の種類、性質、位置、利用方法並びに当事者双方の諸事情に照し」といつて恰も民法第九百六条を準用したかの措辞あれども、これは民法第二百五十八条第二項の著しく価格を損ずる虞ありと認むる事情の羅列に過ぎぬことは原判示によつて肯定し得る処である。果して然らば原審は民法附則第三十二条による民法第九百六条を準用せざるの違法がある。

第二点

原審が民法第二百五十八条第二項を適用して一括競売を命じたのは違法である。

第一点記載の如く旧民法による遺産分割について一般共有財産の分割と同じく民法第二百五十八条第二項によつたが民法附則第三十二条が遺産分割の基準たる民法第九百六条を準用する以上民法第二百五十八条第二項の適用はないものと解すべきである。

原審は第一点摘記の如く判示し本件遺産分割についても民法附則第三十二条によつて民法第九百七条が準用せられるから旧法に於ける遺産分割で民法施行迄に遺産分割請求訴訟の提起なき場合は格別、民法施行前既に裁判所に遺産分割訴訟が提起せられある本件については分割方法に関し民法第二百五十八条第二項によるべく上告人が原審で主張したる本件不動産を上告人に付与しその価格の半額を被上告人に提供する分割方法による能わざるものと做せども若し然りとせば民法附則第三十二条に於て単に「遺産相続に関し旧法を適用する場合にこれを準用する」とのみ規定せず家庭裁判所が旧法による遺産分割の場合にのみ準用する旨の限定を為すべき筋合であるにも拘らずこのことなきに徴する時には本件の場合に於ても民法第九百六条の精神に則りたる前記上告人が原審で主張したる分割方法も亦可能にして民法第二百五十八条第二項の分割方法によるべからざるものなることを窺知することができる

尤も原審も第一点摘記判示にいつているように家事審判規則第百九条等を適用乃至は準用する旨の規定はないけれども民法附則第四条が原則として新民法の遡及効を認める趣旨及び民法附則第三十二条の精神、目的等を考慮する時はその然る所以を肯定し得るものと信ずる。

尚ほ遺産分割の遡及効について民法第九百九条、旧民法第千十二条とも何れも之れを認めながら民法ではその但書でその遡及効を制限するに至つたけれども旧民法では遡及効の制限なきに徴しても前記上告人が原審で主張したる分割方法も亦可能であるべき筋合である。

果して然らば原審が第一点摘記の如く判示して上告人が原審で主張したる前記の如き分割方法によらず民法第二百五十八条第二項によるべしとなしたるは法律の解釈適用を誤つた違法がある。

第三点

原判決はその理由に於て

「控訴人は右居宅建物のために支出した必要費の額はその後の急激な物価の変動に伴い貨幣価値が著しく下落しているからその支出当時の金額によらず右金額を物価の変動に応じて換算した金額をもつて共有に関する債権とすべき旨主張するけれども右必要費の支出当時に比し現在においては物価の変動に伴い貨幣価値が著しく下落したことは当裁判所に顕著な事実であるがかかる場合物価の変動に応じてその支出金額を換算しこれを共有に関する債権となす旨の規定がないから控訴人の右主張は理由がない。

また控訴人は本件居宅建物の板屋根を万年瓦に葺き替えた費用金千五十円その他庇、屋根替の費用金四百五十円については右万年瓦等は消耗品と異なり現に存在して右建物を組成しておりしかも万年瓦等の価格が物価の高騰に伴い値上りし他の建物組成部分の価格と合して右建物全部の価格をなしている以上当時の支出金額を標準とせず右建物の当時の価格と対比しその比率にしたがつて右万年瓦等の現在の価格を算出しこれをもつて共有に関する債権となすべき旨主張するけれ共民法第百九十六条第二項は占有者の費した有益費についてはその価格の増加が現存する場合にかぎり回復者の選択にしたがいその費した金額または増加額を償還せしめることをうる旨規定してはいるがこれは回復者は増加額が占有者の費した金額より少額のときは増加額を増加額がその費した金額より多額のときは費した金額を占有者に償還するをもつて足りるとの趣旨であると解するから同条は控訴人主張の場合に該当しない。

相続分算定に関する民法第九百三条、第九百四条(旧民法第千七条、第千八条)によれば贈与の価格についてはその価格の増減があつたときでも相続開始の当時なお現状のままで在るものとみなして価格を算定すべき旨規定されているけれどもこれは相続分を衡平ならしめる趣旨において設けられた特別の規定であつてかゝる規定があるからといつて何等特別規定のない本件の場合に控訴人主張のような算定方法を採ることは許されないものというべきである(ちなみに右の相続分算定についても現金贈与の場合にはたとえ貨幣価値に変動があつてもその贈与された額の現金が相続開始の当時に在るものとみなされるに過ぎない)、その他本件のような場合に物価の高騰を理由としてその支出した必要費を算定すべき旨の規定がない、しかも控訴人はその主張の算定方法によつて共有に関する債権となるべき金額を具体的に主張していないのであるから控訴人の右主張はいずれにしても理由がないものといわなければならない」と判示しているけれども右は衡平を欠いた不審の判決である。

被上告人は上告人に対し本件家屋等の上告人が占有使用していることによる地代家賃統制令による損害金の請求をしていることは成立に争のない乙第一号証、乙第四号証の一乃至五、乙第五号証の一乃至六(何れも葉書)等の記載で明瞭である。(現に前橋地方裁判所に係属中である、尤もこの点については本件争点に関係ないので原審で主張はしていない)

而して右請求額は物価の高騰に伴い逐次増額となつた家賃、地代相当額で請求していることも亦右乙号各証で明認し得られる処である。

分割の当事者の一方である上告人は万年瓦等について支出当時の金額のみしか請求し得ず他方被上告人はその逐次増額の地代、家賃相当額の生れて来る家屋と一体を為しその重要組成部分たる万年瓦等について増額請求し得ることが平衡の観念に一致せず不合理であることは明白である。

原審が相続分算定に関する規定は相続分を衡平ならしむる特別規定であるが上告人主張の点については何等の規定がないといつて同一物(家屋の組成部分とは謂え)たる万年瓦等について被上告人は物価の高騰に伴つた高額の損害金がとれるのにその損害金の根元たる万年瓦等を出している上告人のみ独り支出当時の金額しか請求できないとは上告人はもとより国民の何人も納得し難い処である。

直接規定の見るべきものなしとの一事で同一物について一方は利益を得、他方は損失を受けなければならぬ理由はない。

法の理念とも謂うべき衡平の精神に照して見る時は地代、家賃等の逐時修正せられ居る規定を以て上告人が原審で主張したる冐頭摘記事実に対する根拠規定と見ることも可能と信ずる。

原判決の如く特別規定なしとするが如きは上告人の承服し難い処である。

以上

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